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午後になるとギターを手にとって、
小麦畑に向かう。
ベッドにひとり、君を残して。
風がざわざわと、かき立てる。
指に少し、力が入り、
ギターの音色が響き出す。
君を守るためなら、
全部なくなってもいい。
穂がゆれる方向も、
ギターから出る音も、
不安と幸せの混じり合った感情も、
毎日、毎日偶然が折り重なって、
できているんだよ。
失っていいものなんか、
何ひとつないのに。
でも時々、ひとりになりたくなる。
偶然も何もない場所で、
君のことだけを思い出したくなる。
パンの少し焦げたところをかじって、
目が覚める。
見るもの全部がまぶしくて、
ずっと遠くの方へ来てしまったよう。
ミルクの味も強すぎるぐらい、
この場所が夢のよう。
ぼやけた時間の流れの中で、
君の形を焼き付けようとしているけれど、
いすに座っている時でさえ、
とても、とらえきれない。
一瞬が永遠で、永遠は短くて、
ずっとこのままがいい。
朝食が終わる頃にはまた、渡り鳥が飛び立つ。
100年も1000年も越えて、
この朝を運んでほしい。
光が旅をするように、
この時間もきっと、
どこからの贈りものなのだろう。
思い返せば、幸せはずっしりとして、
土のようにあたたかい。
水が流れるように、小麦はゆれて、
風はからだを持って知らせにくる。
信じられないことが、毎朝起きている。
白い指も、白い歯も、白い足先も、
はかないほど、透き通っているのに。
毎朝起きると、奇跡が起きていて、
君が横で眠っている。
白いシーツの上で、光を浴びて、
長い髪が小麦色に輝いている。
川の上の船にいるように、
ゆっくりだけど、
はっきりと向かっているのを感じている。
人生のまとめって難しいけれど、
空が青くて、全部打ち上げてみたくなる。
写真や日記でおさまらないことを、
ドラマで見たり、映画で見たり。
全部思い出みたいで、全部行ったことあるようで、
生まれ変わるって思った時は、風になっていた。
部屋は全部そのままで、越えて行く。
青い空と海と丘の間を抜けて行く。
何を持って行かなくちゃいけないんだろう。
どうしてこんなに焦っちゃうんだろう。
雨が3回も降った日も、
ライム色した夕日も、
真っ暗になった劇場も、
春の嵐に吹かれて、カザミドリが何度も裏返る。
ピアノの音で、小さく踊るよ。
別れの場面も、少し跳ねるよ。
自分に置き手紙を残してね、
透明になって、足だって、家だって、思い出だって、
カラカラと、風と緑が巻き込んで。
海を越えて、空を越えて、
その先の、青い芝生の少し上で、
今日は眠るよ。